名古屋みなとロータリークラブ

卓話Speech

2021年10月29日(金)(第2610回)例会 No.7

アメリカンブルースと 3大キング

田中 清貴
米山記念奨学委員 委員長
田中 清貴

本日は私が若い頃、夢中になって聴いていたアメリカンブルースのお話をさせて頂きます。

最初に私がブルースと出会ったのは高校3年(1967年)の頃、世界で大ヒットした「マサチューセッツ」という曲をアメリカのビージーズのというポップスグループが歌っていましたが、日本でも流行し私も大変好きな曲でした。私が音楽雑誌(ミュージックライフ)を買ってビージーズのことについて読んでいると、リーダーのギブ兄弟が好きなバンドとして「クリーム」が挙げられていました。「クリーム」とは現在伝説のバンドと言われているエリック・クラプトン、ジャック・ブルース、ジンジャー・ベーカーの3人組のハードロックのバンドです。中でもエリック・クラプトンはギターの神様と言われるほど有名なアーティストで、その音色は重く突き刺さり、迫力に興奮していました。

今度はクラプトンの好きなアーティストを調べてみると、BBキング、アルバートキング、フレディキングの3大キングと書かれていたのです。すぐにレコードを買って聴いてみると、黒人特有の心に刺さる魂の叫び、シンプルだけど重いギターの音色とそのアドリブに感激しました。これが私とブルースとの最初の出会いです。

アメリカ発祥のブルースは20世紀以降のポピュラー音楽、ジャズやロックのルーツとして大きな影響を与えていますが、一般的に黒人音楽は19世紀末に黒人の労働歌から生まれ、ミシシッピデルタ地帯で生まれたのはブルース、ニューオリンズで発祥はジャズ、少し遅れてアメリカ南部のキリスト教会から生まれたのはゴスペルと言われています。ブルースは1903年、W.C.ハンディーという黒人作曲家がミシシッピの駅で、ブルースの演奏を聞いたという記録が、ブルースの起源として認識されています。孤独感や悲しみを表現する歌であり、ブルースの語源は悲しみや孤独の感情が英語ではしばしば「ブルー(blue)」の色でたとえられることに由来しています。ミシシッピデルタの田舎町でギターの弾き語りで演奏されるブルースはその後メンフィスに渡り、シカゴに渡ってオーケストラを携えて現在の形のモダンブルースになりました。ブルースミュージシャンは多数いますが、有名なのはロバートジョンソン、エルモアジェイムス、ライトニンホプキンス、Tボーンウォーカー、ハウリンウルフ、マディウオーターズなど多数いますが、特に有名な3大キングがいます。

多くのミュージシャンに影響を与え、私が大好きな3大キングを順に紹介いたします。

一人目は、BBキング。
B.B.キング(1925年~2015年、90歳没)ミシシッピ州で生まれます。幼い頃から教会でゴスペルに触れ、ギターを教わりながらストリートで演奏、その後ラジオのDJとして徐々に動き出します。そして、1951年には、シングル”THREE O’CLOCK BLUES”がヒット。ここから、数々の曲をヒットさせ、ブルース界はもちろん、世界的にも有名なスターとなります。共演者は多くU2、エリック・クラプトン、スティーヴィー・ワンダーなど、またオペラ歌手のパヴァロッティとも共演し、BBはブルース以外のミュージシャンとの共演が多く、いかにB.B.キングが愛されていたかが分かります。また1970年にはブルースミュージシャンとしては初のグラミー賞を”Thrill is gone”という曲で受賞しました。初来日は1974年、名古屋では中日劇場でコンサートが開催され私は最前列で聴き、その歌とギターに飛び上がって感動しました。

次にご紹介するのは 「アルバートキング(1923年~1992年、69歳没) です。ミシシッピ生まれ、1966年当時オーティスレディングやサムアンドデイブで有名なスタックス・レコードと契約し、そのスタイルが確立しました。そのスモーキーでダークな歌声とギタースタイルは大変個性的です。彼は左利きですが、通常の右利き用のギターを逆さに持って弾いています。弦の張り方も非常に緩く、あのグイーンというチョーキングが生まれました。

3人目はフレディキング(1934年~1976年、42歳没)のご紹介です。テキサスで生まれ、BBより9歳年下です。1950年にマディウオーターズやハウリンウルフなどが活躍していたシカゴに移住し、当時脂が乗り切ったBBキングの影響も受けました。彼のサウンドは泥臭く、パワフルで熱く、野性味あふれるギターサウンドです。今ご紹介したスリーキングが後世のロックやポップスに大きな影響を与え、今もなお世界のミュージシャンから愛されています。

以上が「アメリカンブルースと3大キング」ですが一方、日本にも有名なブルースミュージシャン「近藤房之助」がいます。

近藤房之助は1951年愛知県で生まれ、1973年千種区今池の「オープンハウス」というライブハウスでウエイターとして働いていましたが、週末になるとライブをやり、私も当時一緒に演奏していましたが数年後、彼が東京に行ったという噂を聞き心配していましたが、ある日突然テレビのアニメの主題曲「おどるポンポコリン」をBBクィーンズとして出演していたのを見て驚きました。

以上、アメリカのポップス、ロック、ジャズ、R&Bまた日本のロックミュージックにも大きな影響を与えたブルース、特にスリーキングをご紹介させて頂きました。
また機会があればぜひお聴きください。


B.B.キング

アルバートキング

フレディキング

近藤房之助
 

地震発生 その時どうする

寺本 善雄
米山記念奨学委員 副委員長
寺本 善雄

私、地区の「危機管理委員会」に出向しておりますが、その活動の内容について皆さんあまりご存じないと思いますので、今日はその内容についてお話をさせていただきます。

ロータリーでは「危機」を、「ロータリークラブ、ロータリアンに取って、『好ましくないことのすべて』」と定義しております。しかし、これではあまりにも範囲が広すぎて、具体的に何をしたら良いのということになってしまいます。少しロータリーの危機管理の歴史を振り返ります。

2004年ロータリーの大阪世界大会で、ある国のパストガバナーがセクハラ事件を起こし逮捕され、巨額の賠償請求をされたとの話が出て、大問題になりました。これに対してRIは、虐待及びハラスメントから青少年交換学生を守るために、2006年、「青少年保護規定」を発表し、各地区に「危機管理委員会」の設置を義務付けました。これが、ロータリーの危機管理委員会の始まりです。その後2016年には、ロータリーのプログラムであるIA、RA、RYLAに、2019年には、地区やクラブが実施する全ての青少年奉仕プログにまでその範囲を広げております。そして、同じく2019年には、RI理事会は「成人ハラスメントポリシー」を発表し、「ロータリーの会合、行事、活動においてハラスメントのない環境の維持」を各クラブに強く求めています。現在、RIはハラスメントに対して、我々が感じる以上に敏感になっています。

この様に、ロータリーの危機管理は、最初は青少年交換学生を守ることから始まり、今では全てのロータリアンにまでその対象範囲を広げていますが、当地区の危機管理委員会は現在のところ、ロータリーの実施する事業に参加するすべての青少年を守ることに主眼を置いて活動しております。2020年、RIは「地区危機管理計画」の策定を推奨しました。この「危機管理計画」とは、緊急事態が発生した際に適切に対処できるよう一連の手順をまとめたもので、この策定を現在中止されている青少年交換再開の条件としております。

前年度、地区危機管理委員会では、RIの要請を受けて、「危機管理の指針」をまとめました。危機発生時の行動指針として、a「事故」、b「感染症」、c「災害」、d「虐待およびハラスメント」、e「犯罪による被害および加害」の5つの項目で危機発生時の基本的対応手順を決めております。決めごとを作りましても、実際の危機に際して適切に対応するには、危機の内容を想定した事前のシミュレーションや訓練が大変重要になります。

現在、南海トラフ地震は今後30年以内に70%の確率で起きると言われております。
今年9月21日に実施した危機管理セミナーは、ズームによるリモートで開催しましたが、「あるロータリークラブが、知多半島の海岸で小学生を連れて青少年奉仕事業を実施したところ、南海トラフ地震が発生した」という紙芝居のドラマを見ていただきました。その後、7つのグループに分かれて、私たちはこのような事態を想定して何を準備しておかねばならないか、またどう対応しなければならないかを討論していただきました。今日は、その紙芝居を見ていただきたいと思います。


台本は危機管理委員会で書いて、画は名古屋芸術大学 ローターアクトクラブに協力をいただき、作りました。今後、地震発生を想定しての事前準備チェックリストを作っていきたいと考えております。

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